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ミステリーバーグ


ある朝、街から誰もいなくなった…

第五話
ゴーストタウン
語り手 20代男性

 きさらぎ駅っていう都市伝説を知っていますか。存在するはずのない駅を降りたら誰もいないゴーストタウンだったっていう話です。私もそれに似た体験をしたことがあるのです。

 当時、私はボストン近郊の都市に住んでいる大学院生でした。大学院生と並行して学部生の試験の採点など、教務の仕事もしていたので、平日は毎日大学と自宅を行き来していましたのですが、二年間の大学院生活で、たった一度だけ寝坊をしてしまったことがありました。

 そろそろ学期末も近づいてくる4月の中旬のことでした(一般的にアメリカの大学は9月始まりの二学期制です)。私が目を覚ましたのは授業開始30分ほど前。どうせ遅刻するならと、宿題に取り掛かり、大急ぎで提出課題を作成し終えてから家を出ました。

 自転車に飛び乗り、急いで学校へ向かったのですが、どうも普段とは違うただならぬ雰囲気を感じます。近所のリカーストアで一旦自転車を降りて辺りを見回したのですが、街中に車はおろか人っ子一人見当たりません。住み慣れた街がゴーストタウンになってしまっていたのです。ともかく人の気配がしないのです。家々のドアも窓も固く閉ざされていて、話し声すら聞こえてきません。とは言え、取り敢えず学校に行く以外ほかにないと思い、大学へ向かいました。

 大学の校門前で漸く人を発見、拳銃を所持している屈強な白人の警備員で「何をしている!?」的なことを聞かれました。「いや、授業だから学校に来ただけだよ」と答えたら、「授業なんてないだろう。ちゃんとメールを読め、テレビを見ろ」と言われました。

 何を言っているのかよく意味が分からなかったのですが、とりあえず校門をくぐって、校舎へ向かいました。普段は開いている扉に鍵がかかっていたのですが、大学院生ということで、24時間アクセスできるカードキーを使い中に入ります。当然ながら誰もいません。

 学内のパソコンでメールをチェックすると、メールをチェックすると「テロリストが銃撃戦の末に警官を射殺、大学付近に潜伏していると見られるので、授業はキャンセルです。戸締りをしっかりして、屋内に退避してください」という内容にゾッとしました。そう、数日前に起こったボストンマラソン爆弾テロの犯人が私の通う大学方面に向かって逃走中だったのです。

 テロ事件のあった日以降、重苦しい雰囲気が漂っていたものの、普段通りの日常生活が続いていましたし、身の安全のため、ニュースの情報にも注目していました。しかしながら、たまたま初めての寝坊でメールもニュースもチェックせずに大急ぎで学校へ向かったため、ゴーストタウンを一人で登校することになってしまったのです。帰りは「万が一テロリストと遭遇してしまったらどうしよう」なんて考えていましたが、むしろ誰一人で歩いていない中で外国人が自転車に乗って移動しているわけですから、警察官にテロリストと勘違いされてしまう方が恐ろしいですよね。

 犯人は私の自宅から数キロの距離のウォータータウンというところの民家で見つかって、マサチューセッツ州にも平和な日常が再び訪れることとなったのですが、昼間だというのに誰一人見当たらないゴーストタウンの光景は忘れることはできません。案外ゴーストタウンに迷い込んだっていう都市伝説は、こういった体験に尾ヒレがついたものなのかも知れませんね。


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