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ミステリーバーグ


海外マフィアとの恐怖の交渉

第六話
落し物
語り手 20代男性

 私は外国に住んでいた経験があります。その国の治安は世界的に見ればそんなに悪い方ではないようですが、ただ日本の治安が異常に良過ぎるので、日本の感覚で過ごすと思わぬ犯罪に巻き込まれたりもするわけです。私の場合、割と身の回りには注意していた方だと思います。夜、暗い通りを通らないですとか、少し危険な噂のある人物にはなるべく付き合わないとか、できる限り面倒な事情に巻き込まれないようにしていました。

 ただ一度だけ犯罪がらみの恐怖体験をしたことがあります。ある日、携帯電話を失くしたことに気づきました。私は携帯電話会社と契約を結ばずにプリペイド式の携帯電話を使っていました。本当に電話の機能しかないような代物です。恐らく自宅の玄関前で落としてしまったのでしょう。誰か親切な人が拾ってくれていればと思い、知人の電話を借りて、落としてしまった携帯電話の番号にかけました。

 すると電話に出たのはスペイン語訛りの英語を話す中年男性で、「この電話は知り合いから〇〇(現地通貨の4,000円程)で買った。返して欲しければ同じ金額で買い戻せ」などと言うのです。スマートフォンが台頭してきた時代、本体1,500円程度、課金されているのも1.500円程度、専用の充電器も付いていないプリペイド携帯を一体誰が4,000円で買うというのでしょうか。絶対に嘘です。

 男は続けて「今から〇〇時間後に〇〇(住所)にキャッシュを持ってこい」と言いました。ここで悩みます。これは単なる拾得物横領、いわゆるネコババでしょう。プリペイド式携帯には大した個人情報も入っていません。ただし電話番号が変わると、生活をしていく上で非常に面倒です。日本でも落し物を拾ってくれた人にはお礼をするものだし、落とした携帯電話の充電が切れてしまったら、もう二度と連絡はできなくなるので、とりあえず相手の話に乗ることにしました。知人には「一時間経っても連絡が無かったら、警察に電話して」と言い、財布や身分証明書などは全てアパートに残し、現金だけをポケットに入れ、指定された場所に徒歩で向かいました。

 指定された場所に着くと、そこは鬱蒼と木が生い茂る、割と広い敷地。そしてお化け屋敷のような、あばら家が一軒。ここに住んでいる奴は絶対にヤバい奴というのが直感で分かりました。

 敷地内に入った直後、背後から黒塗りのセダンがゆっくりと近づいてきました。「監視されているのか…!?」と一瞬思いましたが、セダンは私を追い越して建物の玄関付近に到着。車から降りた中南米系の男性が玄関にポリ袋に入った何かを置いて、すぐにセダンは引き返して行きました。ポリ袋の中にはお弁当を入れるような発泡スチロールの箱が入っているようでした。家主の顔も見ずに袋だけ玄関に置いてすぐに立ち去る…。普通ではありませんが、無理やりにお弁当を置いていったのだろうと思い込むことにしました。

 とりあえず、玄関の呼び鈴を押して待つ事数分。中から出てきたのは、これまた中南米系の中年男性。一番びっくりしたのは総金歯だったことです。歯のアクセサリーとか、被せ物とかではなく、ともかく口の中が金ぴかでした。こんな「私はマフィアです、ヤバい奴です」というような見た目の人が映画やドラマの中だけでなく、本当にいるのだと感心してしまいました。まあでも、日本の任侠映画を見た外国人が、日本でその筋の人を見かけたら、私と同じ感想を持つでしょう。

 意外にも、その男性の対応はにこやかなものだったのですが、同時に、私には不気味な笑顔を浮かべているようにも感じられました。雰囲気に押され、一刻も早く、その場を立ち去りたかった私は、すぐにキャッシュを渡して携帯を返してもらいました。公道に出るまでは結構な距離があったのですが、決して走らず、決して振り向かず、建物を後にしました。その間、せいぜい1〜2分程度だったのでしょうが、非常に長い時間に思えました。

 家に着いて携帯電話の履歴を見ると、見知らぬ番号からの発信と着信履歴が残っていました。どうやら国際電話で、麻薬組織が闊歩する中米の某国と通信していたようです。その後も数回、その国からの着信がありましたが、もちろん無視しましたよ。

 それから、あの建物はどうも怪しいと思ったので、インターネットで住所検索してみました。すると数年前に殺人事件があった場所だったらしいのです。金歯の男性が殺人に関わっていたのか、それとも殺人事件の後に住み始めたのか、それは分かりませんが、今思い出しても背筋が凍る思いです。

 私の場合はたまたま交渉が上手くいって、スムーズに取り返せましたが、皆さんも海外に行って落とし物をしてしまったら、十分注意してください。むしろ取り戻そうなどと思わずに、諦めてしまった方が良いかも知れません。落し物を取りに行って、もっと大事な命を落としてしまったら、元も子もないですからね。


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