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知ったかぶりのクラシック


時代を先取るロマン主義者

デュセック
ピアノソナタ28番

時代を先取るロマン主義者!
ベートーヴェンになれなかった男、古典時代に埋もれたボヘミアン・ラプソディ!!

あなたはヨハン・ラディスラウス・デュセック(1760-1812)というマイナー作曲家を知っていますか?
デュセックという名前は学校で習う音楽の授業に出てくる事はまずないでしょうが、決して日本での知名度は低くないハズです。

子供の頃にピアノを習っていた経験のある人ならご存知でしょうが、日本のピアノ教育ではほぼ100%の確率で使われるであろう『ソナチネ・アルバム』という曲集があります。
その曲集の中にデュセックの作品が入っているのです。

ソナチネ・アルバムというのは古典時代に作曲されたピアノ作品の中で、あまり高度な演奏技術を必要とせず、尚且つ芸術性が高いという、要するに練習にもってこいの曲を集めた楽譜集です。
ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、クーラウ、クレメンティ等の作品が並んでいますが、曲集の中で異彩を放っているのが、デュセック作曲のソナチネです。

この曲を初めて弾いた時、筆者は思わずピアノに向かってこう言いました。
「ロマンスの香りがするぜ、とても口じゃ言えないほど!」
そう、デュセックは18世紀半ば生まれのバリバリ古典派世代なのに、時代を先取るかのような非常にロマン主義的な作風の楽曲を残しているのです。

 

ヨハン・ラディスラウス・デュセックは1760年にボヘミア(現在のチェコ)で音楽一家に生まれます。
モーツァルトの6歳年上、ベートーヴェンの10歳年上、まさに古典派の黄金世代です。

デュセックは神童と言われるほど非常に優れたオルガン奏者であり、ボヘミアンの名に相応しく、10代でベルギー、オランダ、ドイツ等の各地へと渡って音楽の仕事を得ていきました。
その後ロシアへ渡り、かのエカチェリーナ二世の寵愛を受けます。
ロシアでは無実の罪で秘密警察に追われ、リトアニアからフランスへと移り、今度はマリーアントワネットの寵愛を受けます。

数いる音楽家の中で、デュセックが何故このような特別な待遇を受けたかというと、それは後のリストを彷彿とさせるように、デュセックもまた絶世の美男子としてもてはやされていたからです。

フランス革命の際にロンドンに逃れ、ハープ演奏家として名高いジャン=バティスト・クルムフォルツの妻と不倫の末の駆け落ち、哀しみに暮れたクルムフォルツはセーヌ川へ身を投げ自殺。

その後、クルムフォルツ夫人をあっさり捨てたデュセックは楽譜出版社経営者のドメンチオ・コッリの娘ソフィアと1972年に結婚し、義父のコッリと共に会社経営に手を出します。
二人の娘が生まれたものの、ソフィアとの結婚生活は上手くいかず、不倫に次ぐ不倫、その上経営している会社は破産、1799年家族を捨て、デュセックは単身ドイツに逃げます。

晩年はフランスとプロイセンで過ごし、教育と音楽活動に余生を捧げます。
ただ酒浸りの生活から太り、容姿は著しく醜くなったと言われています。
デュセックの時代には写真はまだありませんでしたが、若かりし頃と晩年の肖像画を見比べると、まるで別人のように感じられます。

 

 

デュセックの生涯は小説になりそうなほどロマンに満ちあふれていますが、彼の楽曲もまた非常にロマン主義的な作風となっています。
楽曲を一聴すると、半世紀年下のショパンやメンデルスゾーンの曲かと思えてしまうほどで、とても古典全盛期の作曲家とは思えません。

ただデュセックの知名度を考えると、彼の作品が後の大作曲家達に影響を与えたということは考えにくいでしょう。
ただハイドンとも親交はあったようですので、間接的に後のロマン主義にを与えている可能性は否定出来ません。

ロマン主義の先取りという意味ではベートーヴェンの作風と似ている点も非常に多くと言えます。
ベートーヴェンは古典主義とロマン主義の橋渡しの役割を担った最も影響力のある作曲となっていますが、一歩間違えばデュセックが誰でも知っているような大作曲家として、歴史に名を刻んだかも知れません。

 

 

この《ピアノソナタ28番》はデュセックの晩年に作曲されたもので、非常にロマンティックな響きを含んでおり、『祈り』という副題が付けられています。

デュセックの作品は現代でもピアノ演奏会で弾かれる事はあまり多くありませんが、大胆な半音の音使いや、曲の持つ高揚感は、優雅な貴族の晩餐会でのBGMである古典派の作品とは一線を画す作風となっており、非常に興味深いと言えるでしょう。

この曲が作曲された当時は、丁度ショパンやメンデルスゾーンといったロマン派を代表する作曲家が生まれるくらいの時期です。
時代を先取ったロマンチストの楽曲は今こそ評価されても良いのではないでしょうか。

 

それでは聴いて頂きましょう。
デュセック作曲《ピアノソナタ28番》


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