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音楽リテラシー講座


『コード理論大全』で伝えたかったこと、書かなかったこと

第一回
『コード理論大全』の読み方

2018年4月20日、(株)リットーミュージックから『コード理論大全』という音楽理論書が出版されました。これは大学や大学院で書いた論文を除けば、私が執筆した初めての著作となります。出版前には細々とロングセラーになれば良いと思っていたのですが、 発売直後から大きな反響があり、発売一ヶ月以内に増刷するに至りました。

執筆の動機としては、この『コード理論大全』に相当する日本語で書かれた音楽の教科書がなかったことです。私は留学のためアメリカ在住だったのですが、日本に一時帰国する際に音楽理論を教えることになりました。その時は私が使っていた英語の教科書をテキストとして使用したいと思ったのですが、言語の壁もあり、そのままレッスンで使用することはできず、またその教科書に相当する日本語の書籍も見つけられませんでした。結局は自分でレッスンに合わせて教材を作ることにしたのです。その時に日本語で書かれた体系的な音楽理論書の必要性を感じて、自分で書き始めることにしました。当初のタイトルは『現代和声の手引き』だったのですが、現代和声というと20世紀以降のクラシック音楽を想起させるものだと感じたので、現在の『コード理論大全』というタイトルに落ち着きました。

コード理論大全ですが、この本にはコードシンボルを音楽表記として用いた場合の音楽理論の基礎的な内容が体系的に網羅されています。なぜ「体系的」という言葉にこだわるかと言うと、この本は第一編から順に第十二編まで読むように書かれているからです。音楽では一つの理論や手法をとっても、他の理論や手法と密接に関わってきます。 一つの編には当然のようにそれまでの編の内容が出てくるので、一つ編を飛ばして読んでしまうと、情報が不足し、文章の内容が理解できなくなってしまうという恐れがあります。例えば第四編「テンションを含む和音」は第三編「短調の和声」が分かっていないと内容が理解できないマイナーキーのテンションについての内容が含まれていますし、第五編「セカンダリードミナント」にはマイナーキーでのセカンダリードミナント、セカンダリードミナントのテンションといった第三編と第四編の内容が分かっていないと、意味が不明瞭になる概念が含まれています。しかしながら第四編の内容が第三編以前に、第五編の内容が第四編以前に現れることはないので、順番に読み進めていけば必ずゴールまで辿り着くことができます。またこの本は一度、一通りの内容が頭に入っていれば、音楽理論を実践(作曲や編曲、即興演奏など)する際には、辞書的な活用ができます。

ちなみに私が在籍していた音楽大学では、コード理論大全に含まれている内容(第十一編のマルチトーナリティを除いて)は通常2年をかけて勉強するカリキュラムとなっていて、これらの音楽理論の授業は全校生徒対象の必修科目として扱われていました。教育学科や音楽エンジニアリング学科など、作曲や演奏を主としない学科の学生も、これらの音楽理論の理解は卒業のために求められるのですが、裏を返せば、コード理論大全に含まれる内容を理解できのであれば、それは調性音楽の和声的問題に対処できる知識が十分身についている、ということになります。知識の蓄積には十分な時間が必要かと思いますので、一つ一つの項目をきちんと理解してから先へ進むことをおすすめします。

この本を書くにあたって、心がけたのは「主観を含まない」ということです。「楽しい感じ」や「悲しい感じ」といった感情論は極力排除し、どうしてそのように聴こえるのかを可能な限り数学的に、客観的事実を用いて証明を行っています。「このコード進行では〇〇のテンションが含まれているとお洒落に聴こえるので、積極的に使用しましょう」というような文章は含まれておらず、「このコード進行では〇〇のテンションが〇〇といった理由で使用できます。使用した場合の例は以下のようになります」といったような説明になっています。もちろん私自身が二つのコード進行を比べた時に、一方のコード進行の方が良いと感じる場合もありますが、自分の意見、感想は控えています。その理由としては、異なる音楽的趣向を持つ人が、異なる時代、異なる地域で読んでも本の受け止め方に差異が生じないようにするためです。

しかしながら、一点だけ私個人の意見が本書には含まれています。それは音楽理論に囚われてはいけないということです。音楽理論は所詮理論に過ぎないので、良いと思った音楽的手法が音楽理論にそぐわない場合、音楽理論は切り捨てて、自分の耳を頼りに音楽を作って欲しいと私は常に思っています。音楽は数学やプログラミングと異なり、ある小節とその先の小節で音楽理論的に辻褄が合わなくとも、演奏が出来なくなるということはありません。むしろインパクトのある斬新な音楽に聴こえるかも知れません。

とは言うものの音楽理論の知識が乏しければ、音楽にバリエーションが生まれず、どうしても出来上がる曲はどれも似たようなものになってしまいます。音楽理論そのものを理解していなければ、既存の音楽理論を超える音楽を生み出すことは出来ないでしょう。しかしながら音楽理論を学ぶにも、どのような方法で、どのような順序で学んでいけばいいか、いわゆる王道というものは、音楽教育の世界において議論される機会は少なかったように感じられます。コード理論大全は順を追って基礎から解説がされている上、音楽理論書にはあまり見られない問題集が含まれているので、順を追って標準的な音楽の語法を身に付けたい方には向いている教科書だと思います。また本書は以下ウェブサイトから第一編全て試し読みが出来ます。購入をご検討されている方は是非参考にしていただければと思います。

『コード理論大全』試し読み


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