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音楽リテラシー講座


グレゴリオ聖歌からヘンデルまで

第三回
トーナルミュージックの発展 − 中世〜バロック

コード理論大全は基本的にトーナルミュージック(調性音楽)を取り扱う教科書となっています。このトーナルミュージックという意味ですが、主音を中心とした機能和声に基づく音楽という意味です。語弊を恐れずに言えば、要はドレミファソラシドで組み立てられていて、長調ではド、短調ではラを中心(主音)とした音楽ということになります。もちろんドレミファソラシドだけでなく、臨時記号を用いた和声進行も含まれますが、いずれの和音も調性音楽のルールに従って解析が出来る音楽です。コード理論大全では、この調性音楽のルールについての教科書と言えるでしょう。

日常生活において耳に入る音楽の90%以上はこのトーナルミュージックなのですが、トーナルミュージック以外にも音楽の種類は存在します。種類を表す言葉としてノントーナル(Non-Tonal)、アトーナル(Atonal)、マルチトーナル(Multi-Tonal)、ポストトーナル(Post-Tonal)、モーダル(Modal)など様々な音楽用語が存在します。まずは、すべての基礎となるトーナルミュージックについて音楽の歴史を踏まえて解説をしていきます。

一般に西洋音楽の始まりは6〜7世紀ごろの中世の教会音楽とされています。初期の教会音楽は前回取り扱ったモノフォニーでした。モノフォニックテクスチャーですから、和声の概念はまだ存在しないので、当然現在の主音という概念もありません。中心となる音は音楽の最後に演奏される音になります。しかしながら、今日のドレミファソラシドと同様に「全音+全音+半音+全音+全音+全音+半音」という全音階が既に取り入れられています。ただし最後に演奏される音はドレミファソラシドのドに限らず、レであったり、ミであったりします。

その後ペダルポイント(持続低音)の上に旋律を重ねた原初的なポリフォニーから発展し、複数の旋律を同時に歌唱する本格的なポリフォニーが生まれます。初期のポリフォニーとしてよく知られているのは、レオニヌスやペロティヌスの作品を含む『オルガヌム大全』です。これは12〜13世紀においてノートルダム大聖堂の音楽家として活躍したノートルダム学派の作品をまとめた楽譜集です。

15〜16世紀になると、いわゆるルネサンス期の音楽が台頭してきます。ルネサンス期の音楽はポリフォニーを中心とした非常に複雑な和声とリズムで成り立っています。ルネサンス期は人類の歴史の中で、最も複雑な楽曲が作られた割合の多い時代と言えます。

同時にいわゆるクラシック音楽の調性感とも合致する主音の概念も確立され始めるので、中世のモノフォニーに比べて、楽曲の最後の小節の終始を感じられる楽曲が多いと言えるでしょう。

バロック期に入って、ようやくホモフォニックテクスチャーとトーナルミュージックが支配的な時代が訪れます。科学の発展は単純なものから順を追って複雑な体系に発展していくものですが、西洋音楽の場合は逆で、非常に複雑なルネサンス期の音楽から複雑さを除いて単純化されたものが、今日のいわゆる音楽理論の基礎となっています。

複雑さを取り除かれ、和声の機能を基礎として音楽理論が体系化されているため、バロック期以降にはより多くの音楽家が作曲に取り組んでいくこととなります。ルネサンス期の音楽の和声解析(アナライズ)は非常に難しいものですが、調性音楽(=トーナルミュージック)という一つの音楽の共通言語が確立されたバロック期以降の調性音楽は、基本的にはルールに従って和声の理論的な解釈が可能です。そのためか、多くの小学校や中学校で学ばれるクラシック音楽はこのバロック期を出発点としています。

バロック派と聞くと複雑な音楽を連想したり、学校で習ったりした方も多いでしょうが、その点については少し誤解が含まれている場合があります。バロック派で最も有名な作曲家といえば、ヨハン・セバスチャン・バッハです。バッハは複雑な手法で調性音楽を表現する対位法の第一人者として知られていますが、一般には評価されたのは彼の死後とされています。存命中に大きな評価を得られたバロック期の作曲家としてはヘンデルがいます。彼の有名な楽曲の多くはホモフォニックテクスチャーを積極的に取り入れ、ルネサンス期の複雑な和声に比べて、明瞭で非常に調性感の強い楽曲となっています。

また有名なパッヘルベルのカノンもバロック期の作品で、ポリフォニックテクスチャーを用いた作品でありながら、非常にシンプルな和声となっています。

スター作曲であったヘンデルに対し当時のバッハの評価としては、前時代的な作曲家、そして著名な作曲家であったカール・フィリップ・エマニュエル・バッハやヨハン・クリスチャン・バッハなどの父親として知られていて、優れた作曲家であったものの、ヘンデルのような名声は得られていなかったと考えられています。このように、現在ではヨハン・セバスチャン・バッハの作品が必ずしもバロック派の作風を反映する作品ではないという考え方が主流と言えるでしょう。


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