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音楽リテラシー講座


ハイドンからワーグナーまで

第四回
トーナルミュージックの発展 − 古典派〜ロマン派

バロック期の後には古典派と言われる音楽が主流となります。この古典派音楽はバロック期の調性音楽の理論をいっそう単純明瞭化し、統一された様式で表現されています。現代でもクラシック音楽の和声理論を学ぶ際には、まず古典派音楽からスタートするように、古典派音楽は楽譜から、どのような和声に基づいて楽曲が構成されているかが非常に分かりやすいものとなっています。バロック期よりも更にホモフォニックテクスチャーが支配的になり、調性感も明瞭です。

加えてソナタ形式や複合三部形式などの音楽形式に基づく作曲が主流となり、なおかつ弦楽四重奏曲であったり、ピアノソナタや交響曲であったり、楽器別の音楽ジャンルも統一されるようになるため、作曲家の意図が明確な時代と言えます。古典派音楽は明瞭である分、BGMとしても現代人の耳にも非常に心地よく聞こえる反面、ルネサンスの複雑な音楽と比較すると、古典派の楽曲は統一された様式のため、画一化された音楽に聴こえてしまうとも言えます。

しかしながらポリフォニックテクスチャーが完全に消えてしまったというわけではありません。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトのように、ホモフォニックテクスチャーの中に巧みにポリフォニーを取り入れ、古典派の様式美を更に昇華させるような作曲家も現れています。

心地良いBGMとして取られるような古典派音楽に対するアンチテーゼとして、18世紀後半〜19世紀の初期にかけて、ロマン派音楽が台頭してきます。古典派からロマン派への変遷として欠かせないのはベートーヴェンの存在です。古典派の作品は宮廷音楽家を中心とした王侯貴族を楽しませるための音楽であったのに対し、ベートーヴェンの音楽は教会音楽や古典派音楽の中で抑圧されていた作曲家個人の精神性や感情を反映するものでした。

古典主義の作曲家は王族や貴族をパトロンとする宮廷音楽家が主流でしたが、ロマン派の時代は印刷技術の発展による楽譜の普及や、大衆をターゲットとした音楽興行(コンサートやリサイタル)、また楽器を演奏したいという裕福層への先生業といったフリーランスとしての作曲家の仕事の需要が高まり、真の意味で作曲家個人としての芸術への追求が始まった時代と言えるでしょう。ルネサンス→バロック→古典と音楽がどんどん単純化、様式化されていったのですが、再びロマン派時代を契機として音楽の多様性が高まっていくことになります。またバロック時代には複雑で前時代的であるとされたヨハン・セバスチャン・バッハの音楽が再評価されたのも、このロマン主義の時代です。

ロマン派音楽は古典派音楽に比べ非和声音を積極的に楽曲に採用し、和声の厚みや広がりを持たせています。例として、オーケストラ楽曲では複数の楽器によって非和声音を含む異なるパッセージが重ねられ、一つの伴奏を組み立てるというようなオーケストレーションの技法も見られます。

しかしながら多くのロマン主義の音楽は一貫してトーナルミュージックの枠内にとどまっており、またバッハの手法が再研究される中でもルネサンス的なポリフォニーに回帰することなく、ホモフォニックテクスチャーを中心とした作品が支配的となっていました。バロック時代から続くトーナルミュージックとホモフォニックテクスチャーを中心とした音楽理論はロマン派中期〜後期にあたる、ブラームス、ワーグナーの時代に完成されます。現代においても音楽大学で使用される、いわゆる和声の教科書にはバロック派からロマン派までの音楽理論が体系的にまとめたものとなっています。そして大抵の和声の教科書の最後はワーグナーの歌曲『トリスタンとイゾルデ』に含まれる『トリスタンコード』という和声技法で締めくくられています。

コード理論大全がカバーする音楽理論には20世紀に考案されたジャズの手法も一部含まれていますが、基本的にはバロック派からロマン派の時代に確立された和声論に準じた内容となっています。コード理論大全では一般的なクラシック音楽の教科書と異なり、コードシンボルを用いた和声の記述を行っていますが、根本となる和声に対する見方としては、このトーナルミュージックという根本的な部分では同一と言えるでしょう。

ここまでの歴史を踏まえると、トーナルミュージックの理解が音楽全般を学ぶ上で最も重要な位置づけであるということがお分かりいただけたかと思います。次回はどのようにして既存の音楽理論であるトーナルミュージックの手法を超える音楽が生み出されて行ったかについて解説をしたいと思います。


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