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音楽リテラシー講座


リストの手法

第六回
調性を超える試み − 後期ロマン主義時代

前回解説したベルリオーズ、ショパンといった作曲家の他にもロマン主義時代の作曲家の中で、トーナルミュージックを超える音楽を作り出す試みは行われていました。和声の発展という観点で考えると、フランツ・リストの残した功績は非常に大きいと感じざるを得ません。リスト作品は初期のテクニック主体のピアノ曲が最も有名ですが、調性を超える試みは中期から後期にかけての作品の中により顕著に現れます。

Dies Iraeの引用を用いたベルリオーズの幻想交響曲ですが、リストもまた『死の舞踏』というピアノ独奏を伴う管弦楽曲でDies Iraeの旋律を取り入れています。死の舞踏は幻想交響曲と異なり、本来モノフォニーであるDies Iraeの旋律がポリフォニックテクスチャー及びホモフォニックテクスチャーに組み込まれています。

他にも様々な楽曲の中で古典派作品や初期ロマン派作品に見られないような和声手法を用いていますが、いずれの作品も大枠ではトーナルミュージックのイディオムの範疇と考えられるものでした。

1881年、70歳の時にリストは『暗い雲(Nuages Gris)』というピアノ小曲を作曲します。この曲は従来の機能和声を基礎とする古典和声学の枠組みを超えた作品となっています。

かつてリストが作曲してきたようなきらびやかなロマン派のイディオムと異なり、 この曲は冒頭のモチーフという一つの音楽的なアイディアを中心に作曲されています。調性間に乏しいモチーフの繰り返しと発展という手法で、トーナルミュージックを超えた音楽を作り出すことに成功しましたが、それでも完全にトーナルセンターが失われたようには聴こえず、現代人の耳には機能和声の解決に似た響きが、ところどころ感じられます。

最晩年である1885年、リストは『無調のバガテル』を作曲しました。この曲はリストが「無調」と銘打っている唯一の曲なので、リスト自身はこの曲で自分の作品が調性を超えた音楽に遂に到達したと実感したのではないかと推測されます。暗い雲は音数が非常に少なく、今までのリスト作品とは大きくかけ離れた作風だったのに対し、無調のパガテルはリストらしさやロマン派らしさを残しつつも、従来のトーナルミュージックでは聴かれない和声進行を含んでいます。

にもかかわらず、現代人の耳には和声進行が完全な無調には聴こえません。単にリストが定義した「無調」と現代人の考えるトーナルセンターの存在を否定した「無調」のレトリック上の違いというだけでなく、無料のパガテルに比べてショパンのプレリュード二番や暗い雲の方がかえって、現代的な和音を含んでいるように感じられないでしょうか。

理由としては、無調のパガデルではクロマティックスケールが多用されていますが、その使い方としては方向の定まった経過音的な使い方で、そういった使用方法は古典的作品でもよく見られます。また和音に二度のぶつかりで生じることが少なく、あったとしても四和音の転回系のような形のごくごく一般的なもので、一つ一つの和音が基本三和音、四和音、そして四和音の三度抜きといった、単純な和声で構成されているためです。

単純な和音しか含まれていないにもかかわらず、捉えどころの無い、解決感が希薄な和声は非常に独特な響きを持っています。ここで和音が変わるポイントに注目してください。コードチェンジの際に、あまり大きな和音構成音の変化はなく、ほとんどの場合、構成音の一部が順次進行して次のコードに移り変わっています。そのコードチェンジの前後で、調性が毎回巧みに変化しているのです。例えば13小節目は左手の和音はGトライアドで右手の旋律にはFが含まれています。続く14小節目の左手の和音は変わらずGトライアドですが、右手にはF#が含まれています。つまり、13小節目から16小節目は GミクソリディアンスケールとGメジャースケールとなります。同様に17小節目ではクロマティックスケールを含んでいますが、Dメジャーキーが基本となっています。それに対し、18小節目はDメロディックマイナースケールが用いられています。次の例として、25、27小節目はDドリアンスケールが使われているのに対し、26、28小節目ではDメジャースケールが用いられています。以上からリストが無調のパガテルで示したかったのは、短期間の調整の移り変わりで、それこそがリストの定義する「無調」の概念だったのです。これは筆者が発見した無調のパガテルの手法ですが、何か文献などにこういった内容の記載があったら、メールフォームを通して是非教えてください。

このようにしてロマン主義時代の作曲家は、トーナルミュージックを超える音楽を作り出す試みを行ってきました。次回はロマン主義作曲家とは別のカテゴリーから発展してきた古典和声を超える音楽の挑戦について解説していきます。


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