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音楽リテラシー講座


「Vトライアドの基本形のみが半終止となる」というのは誤解

第七回
V7は半終止となるのか

小著の『コード理論大全(リットーミュージック)』が発売されてしばらく経ちました。作家が読者のレビューやコメントに反応する気持ちは分かるのですが、あまり好ましい事だと思いません。出版されたら既に著者の手を離れてしまっているので、「分かりづらい」「読みにくい」「買って損した」といった感想は、読者がそう感じるなら、それは正しい評価であると受け止め、今後の活動に活かせたらと思っている次第です。(とは言え、未だに私の家族、親戚、友人、知人の中で読んだ人がゼロ(笑)なので、直接コメントを伺った事はないのですが…)

そんな中で非常に興味深いレビューがあり、それは「V7はクラシック音楽では半終止とならないが、この書籍では半終止として扱っている」というものでした。こういった身のある指摘は非常にありがたく、私自身の音楽的見識を広げられたという意味でも感謝しています。しかしながら、結論としては「V7とVの転回系はクラシック音楽でも半終止として取り扱われる」と言えます。

「Vトライアドの基本形のみが半終止となる」と考えるのは、至極真っ当だと思います。と言うのも、多くの音楽理論書では半終止の楽譜例として、Vトライアドの基本形のみを用いています。私が学生時に使用した教科書である、Tonal Harmony (Kostka, Payne, McGraw-Hill)やFundamentals of Musical Composition (Schoenberg, Belmont Music Publishers)でも半終止の例としてはVトライアドの基本形が使われています。音楽理論に真面目に取り組む学生であれば、半終止はVトライアドの基本形となると考えるのは当然の帰結です。しかし、いずれの教科書にも「ドミナントの終止が半終止である」という事のみが書かれており、「Vの転回系やV7は半終止とならない」とは書かれていません。

「Vトライアドの基本形のみが半終止となる」という誤解について指摘しているのが、Hunter CollegeのPoundie Burstein教授の論文、『半終止と解析上の虚構(原文:The Half Cadence and Related Analytic Fictions)』です。この論文の一部は下記URLから参照する事ができ、該当箇所は98-100頁にあたります。

What is a Cadence?

この論文では、”Although almost all writers do emphasize that a half cadence most normally established by a root-position dominant triad, since the mid-1700s several of them nonetheless have openly accepted the possibility that a half cadence could be established by an inverted V or V7.”として、「多くの著作において、半終止ではVトライアドの基本形の使用が強調されているが、既に18世紀から半終止におけるVの転回系やV7の使用(可能性)が広く受け入れられている」という事が指摘されています。18世紀に発表されたF. W. Marpurg、J. G. Sulzer、William Jones、J. P. Kinberger、J. C. B. Kesselといった作家の複数の著作で Vの転回系やV7の終止系については、既に言及されており、さらに論文内ではHaydn、Mozart、Beethoven、Alberti、Asplmayr、C.P.E. Bach、W. F. Bach、Bontempo、Breval、Gambini、Clement、Dragonetti、Druschetzaky、Eberl、Eyber、Giardiniらの数百に渡る半終止の例を挙げて、 Vトライアドの基本形以外の半終止が認められている事実を証明しています(この執念たるや凄い!)。また”Such Half Cadences are especially ubiquitous in the Romantic Era”として、 Vの転回系やV7の半終止は19世紀には既に定着していると指摘しています。この論文を読めばわかるように、「Vトライアドの基本形のみが半終止となる」というのは誤解であると結論付けられます。

私自身、音楽理論は数学や物理学のように、基本的には理論と事象の整合性が保たれるものであるという認識でしたが、同じドミナントでもVの基本形と、Vの転回系やV7では終止として別物として捉えるという考え方があり、その考え方がかなり支配的であるということを知り、自身の見識の甘さが露呈したと感じられました。そういった意味でも件のレビューには非常に感謝しています。

該当箇所に一言「多くの音楽理論書では、半終止としてVの基本形を例として用いることが多いですが、18世紀以降はVの転回系やV7も半終止として広く認められています」と付け加えれば、より多くの読者に納得して頂ける文章となったことでしょう。見識の甘さや説明不足は100%著者の不徳の致す所ですので、より分かりやすく、伝わりやすい文章を目指して日々精進です。


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